山口県阿武町で脈々と受け継がれた伝統加工品

今回は、宇田に住む干物名人の金子弘美さんにスルメとあご節の作り方を教わりました。

宇田に暮らす金子さんは、干物つくりの名人だ。

伝統的な製法で作るあご節とケンサキイカで作るスルメは、地域でも絶品と評判だ。あご節とは、トビウオの鰹節のこと。ここ山口県阿武町でもトビウオは数多く水揚げされる。トビウオは、春に産卵を終え、産卵で体力を使った初夏になると脂が少なくなり、脂による酸化や腐敗をしないため加工に向いているのだそう。どうやらその”あご”を使ったあご節が阿武町にはあるらしい。

さらに、ケンサキイカのスルメは、噂によるとどうやらビール瓶で叩いたり脚で踏みつけたりするらしいのだ。

「それは、なんとしても気になる!」と、7月上旬に真相を確かめにあご節とスルメの作り方を教わりに金子さんのところに直接伺った。

あご節も、スルメの作り方をおしえたるから、ちゃんと見ときんしゃい

アポ当日、金子さんが待つという自宅近くにあるコンクリートで作られた小屋に向かった。小屋には金子さんと、あご節が置かれたセイロのような物が小屋の真ん中に置かれており、魚が焼けた跡のような香ばしいにおいが小屋の中に立ち込めていた。挨拶もほどほどに「ほら、食べてみんしゃい」とそのあご節をおもむろに割り、割れたかけらを手渡される。受け取ったそのまま口に運ぶと、これには驚いた。サクサクとある種のスナック菓子のような食感で、粗悪な鰹節のようなえぐみはなく、白身の塩焼きのようなすっきりとしたうまみが口全体に広がり、後を引く。粉々になったスーパーなどで売っているあの「あご節」は食べたことがあるものの、それとは比べ物にならないようなスッキリとしたうまみだけがいつまでも口の中で残ったのだ。これだけで十分酒のつまみになる。さらには、それは2年前につくったものだそう。それにもかなり驚きだ。

「うまいうまい」と騒ぐ私に、にやりと”したり顔”の金子さん。

「あご節も、スルメの作り方をおしえたるから、ちゃんと見ときんしゃい」とおっしゃった。

72時間

あご節の作り方はこうだ。

あごのウロコと頭と内臓をとり、血合いをしっかりととる。というのも、血合いをしっかりとらないと後に生臭さの原因となり、すっきりとしたうまみにはならないのだそう。しっかりと下ごしらえしたあごを今度は遠火で遠赤外線の効果であごを焼いていく。ある程度焼きあがったら、箸を使って背開きにする。そして、セイロのような木枠が付いた下が金網のかごに一段ずつあごを並べて載せ、8段重ねる。そしてそのセイロを下から一定の炭火の熱で焼き上げながら3.4時間ごとにセイロの段ごとに均等に熱が入るようにセイロの段の上下を入れ替える。それを72時間、3日3晩繰り返すのだそうだ。

思わず72時間!?とこれまた驚いたが、「昔は3,4人で交代制で担当を回していたが、みんな夜中は起きるのがとても大変だった」と金子さん。

成形のためのビール瓶

一方で、スルメの作り方は、至ってシンプル。

腹から包丁を入れ墨袋を割らないように注意し、内臓と目を取り出す。

海水と同じ濃度の塩水でよく洗い、洗い終わった後、上部を洗濯ばさみに挟み、形が綺麗に揃うように串を横から刺して身を広げる。

風通しがいい場所で、天気のいい日に3日間干したスルメを成形のためにビール瓶でピザ生地のように軽く伸ばす。そうすることでスルメの身の厚さが均等になり、形が整うのだ。ある人は、スルメに布をかぶせて上から踏みつけて成形していた人もいるらしい。噂に聞いていた叩いたり踏みつけたりするのは、そういう意図があってのものだった。

「水揚げされてから半日以内のケンサキイカとあご」を用意

実は、金子さんの宅に訪れるアポを取った際に準備物としてお願いされていたものがある。

それは、「水揚げされてから半日以内のケンサキイカとあご」を用意して欲しいとのお願いだった。

スルメもあご節も半日以内の冷蔵のものでないと美味しくできないのだそう。あご節は、半日以上たったもので作ろうとするとボロボロになって製品にならないとのこと。

もし、都市近郊に住む人達がこのお願いをされたら収穫難易度はSS級だろうが、海辺に住む我ら阿武町民にとっては比較的簡単なお願いだ。道の駅阿武町に並べば水揚げされて数時間の朝どれの新鮮な魚介類が手に入るし、漁師さんのツテがあれば漁に同行させてもらいイカとあごを釣ればいい。もちろん、釣り好きな私は後者を選んだ。

あご節の作り方を知るのは宇田では金子さんただ一人だけ

かつての宇田地区では、6月頃になるとどの家庭の軒先にもスルメが干してあり、どの家庭の離れにもあご節を作るセイロが設置してあり、集落全体がこの時期になるとあご節が焼ける香ばしいにおいに包まれていたらしい。

しかし、近年は地域の高齢化と過疎化によりやり手がおらず、もはやそのかつての宇田にみられた当たり前の光景は見られなくなってきているとのこと。

そして今や、あご節の作り方を知るのは宇田では金子さんただ一人だけだという。

そしてその金子さんも持病により、商品として作ることが出来なくなってしまった。

キャンプ場に込める期待

金子さんは最後にこう話した。

「手間をかけたものが、手間をかけた以上に売れるようになったら、そりぁあ、ここの地域の人たちにとってはいいことなんだろうけど、やり手がいないのが欠点よね。キャンプ場が出来たら、魚でも肉でも野菜でも3地区の名物をパックで用意して、家族連れの人に買ってもらえるようにしたら、わざわざ荷物を提げて来んでも軽いバーベキューをしに来てもらえるし、”阿武町にはそういうものがある”と宣伝もできる。今はもう自分じゃ商売は出来んけど、もしパッとできたなら、やってみたかった。(キャンプ場に来てくれた)お客さんにはきっと喜んでもらえると思うんです。」

最後に

阿武町には、いまのうちしか知る人がいない、かけがえのない”当たり前の暮らし”が数多くある。今回取材した金子さんももちろんそのうちの一人だ。ABUキャンプフィールドと遠岳キャンプ場では、町内外の人にそういった”すでにあるもの”を伝えていける場所なのだと改めて実感し、「もっと阿武町のことを知って全国へ伝えていかねばいけない」と、改めて一スタッフとしてそう思った。

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