山口県阿武町で脈々と受け継がれた伝統加工品

皆さんは自分だけの”ちょっとした贅沢”を持っていますか?

私の”ちょっとした贅沢”は、1日の最後の晩酌に一缶のビールとスルメと決まっています。

20代のツマミとしては、少しばかり似つかわしくないかもしれないですが、我が家では、幼少期から頻繁におやつとして出されていたし、大学生の時には、一人暮らしをしてお金がなかったので、ドンキで買ったスルメをしゃぶって空腹をしのいでいました(今思えば、全く経済的ではない気はしますが……)
そんな思入れのあるスルメは、私の一日の最後を締める最高のツマミなのです。

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ABUキャンプフィールドのテーマのひとつが、阿武町の森・里・海で育まれた暮らしに触れて頂くことです。第4回目のコラムは阿武のごはんをめぐります。今回は、私も住む”海”に面した漁師町の宇田に暮らす干物名人の金子弘美さんに、無類のスルメ好きである私が"スルメ"と"あご節"の作り方を教わりました。

宇田に暮らす金子さんは、干物つくりの名人です。

数年前まで道の駅阿武町に出品されていた伝統的な製法で作る”スルメ”と”あご節”は、地域でも絶品と評判でした。

”スルメ”は、ケンサキイカで作られます。海底火山の影響により、豊富な水産資源をもつ阿武町の海では、初夏から秋にかけて、活イカで有名な呼子にも卸すほどケンサキイカが多く水揚げされます。噂によると、どうやら金子さんはそのイカをビール瓶で叩いたり脚で踏みつけたりしてスルメを作っていたらしいのです。また、”あご節”とは、トビウオの鰹節のようなもの。ここ山口県阿武町でも、トビウオの水揚げが始まる初夏は、脂が少なく、脂による酸化臭が出にくいので加工に向いています。そして、金子さんが作る”あご節”の製法には”とてつもない手間”がかかるらしいのです。

「それは、なんとしても気になる!」と、7月上旬に真相を確かめに”スルメ”と”あご節”の作り方を教わりに金子さん宅へ伺いました。

「あご節も、スルメの作り方もおしえたるから、ちゃんと見ときんしゃい」

海沿いの金子さん宅のすぐ傍に建つコンクリートで作られた小屋に向かいました。小屋には金子さんがおり、真ん中には、あご節が並んだセイロのような物が置かれていて、そこから魚が焼けた後のような香ばしいにおいが全体に立ち込めていました。挨拶もほどほどに「ほら、食べてみんしゃい」とその”あご節”を手でパキっと割り、割れたかけらを手渡され、受け取ったそのまま口に運ぶと、これには驚きました。白身の塩焼きのようなすっきりとしたうまみが口全体に広がり、サクサクとある種のスナック菓子のような食感で、スーパーなどで売っている粉末状のあご節とは全くの別物だったのです。これだけで十分酒のつまみになりそうだと思いました。さらに、それは2年前につくったもので、一般的に2年も保存しておくと食品中の脂が酸化してしまい、苦みや不快臭を出す”脂焼け”をしてしまって魚の臭みが出てきてしまいます。それが全くないのは、初夏のトビウオを使うからだそうです。

「うまいうまい」と騒ぐ私に、にやりと”したり顔”の金子さん。

「あご節も、スルメの作り方もおしえたるから、ちゃんと見ときんしゃい」とおっしゃった。

「みんな夜中に起きるのが、とても大変だった」

”あご節”の作り方はこうです。

まずは、トビウオのウロコと頭と内臓と血合いをとります。”あご節”にすっきりとしたうまみを持たせるコツは、血合いをしっかりと取ることだそうです。ここで手を抜くと、後に生臭さの原因となってしまいます。丁寧に下ごしらえしたトビウオを遠火でじんわりと焼いていき、ある程度焼きあがったら、菜箸を使って”腹開き”(※魚の背の皮がつながった状態で腹側から切り開くこと)をします。それから木枠と金網でできたセイロに一段ずつトビウオを並べて乗せ、8段重ねます。そして、下から一定の炭火の熱で焼き上げながら3,4時間ごとに、すべての段に均等に熱が入るよう、上下を入れ替える作業をチームを組み、3日3晩交代で火加減を見極めながら繰り返すとのことです。

「3日3晩ということは、72時間!?」と美味しさにも驚いたが、気が遠くなるような作業時間にも驚きました。

「昔は3、4人の交代制で回していたが、みんな夜中に起きるのがとても大変だった」と金子さんは言います。

成形のためのビール瓶

一方で、スルメの作り方は、至ってシンプルです。

腹から包丁を入れ墨袋を割らないように注意し、内臓と目を取り出します。

海水と同じ濃度の塩水でよく洗い、洗い終わった後、上部を洗濯ばさみに挟み、形が綺麗に揃うように串を横から刺して身を広げます。

天気のいい日に風通しがいい場所で3日間スルメを干した後、成形のためにビール瓶を転がしてピザ生地のように軽く伸ばします。そうすることでスルメの身の厚さが均等になり、形が整うのだそうです。ある人は、スルメに布をかぶせて上から踏みつけて成形していた人もいるらしいのですが、金子さんはビール瓶派とのこと。噂に聞いていた”ビール瓶で叩いて作る”は間違いでしたが、”足で踏みつけて作る”のは本当でした。

後日、完成したスルメを炙って食べてみたら、程よく柔らかくて、ケンサキイカ特有の甘みが生食よりも強く、とても美味かったです。スルメの美味しさに夢中になり、気づいた時には2本目のビールを飲み終えていました。

おつかいは、「水揚げされてから半日以内の”あご”と”ケンサキイカ”」

船上で私が釣ったケンサキイカ。釣れたてのイカは内部まで透き通っていてなんとも美しい。

実は、金子さん訪問のお約束をいただいた際に、準備物として「水揚げされてから半日以内の ”あご”と”ケンサキイカ” を用意して欲しい。」とおつかいを頼まれていました。

”スルメ”と”あご節”は、半日以内の獲れたてのものでないと美味しくできないのだそう。”あご節”は、半日以上たったもので作ろうとするとボロボロになって製品にはならないとのことです。

もし、都市近郊に住む人達がこのおつかいを頼まれたら難易度はS級だと思いますが、海辺に住む私にとっては比較的簡単なおつかいでした。道の駅阿武町に並べば水揚げされて数時間の朝どれの新鮮な魚介類が手に入るし、漁師さんのツテがあれば漁に同行させてもらい、イカとトビウオを釣ればいいのです。釣り好きな私は、金子さんからのおつかいの内容を聞いた後、すぐさま仲のいい近所の漁師さんに連絡し、頼みの品を調達しに沖に船を出してもらいました。

”あご節”の作り方を知るのは宇田では金子さんただ一人だけ

かつての宇田では、6月頃になるとどの家庭の軒先にもスルメが干され、どの家庭の離れにもあご節を作るセイロが設置してあり、集落全体があご節が焼ける香ばしいにおいに包まれていたらしいのです。

しかし、近年は地域の高齢化と過疎化により作り手がいなくなり、その当たり前の光景は見られなくなってきているとのこと。

そして、今や、”あご節”の作り方を知るのは宇田では金子さん”ただ一人”だといいます。

そんな金子さんもご高齢により、2年前を最後に”スルメ”も”あご節”も商品として作ることが出来なくなってしまいました。

キャンプ場に込める期待

金子さんは最後にこう話してくれました。

「手間をかけたものが、手間をかけた以上に高く売れるようになったら、そりぁあ、ここの地域の人たちにとってはいいことなんだろうけど、高齢化でやり手がいないのが欠点よね。キャンプ場が出来たら、魚でも肉でも野菜でも3地区の名物をパックで用意して、家族連れの人に買ってもらえるようにしたら、わざわざ荷物を提げて来んでも、軽いバーベキューをしに来てもらえるし、”阿武町にはそういうものがある”と宣伝もできる。今はもう自分じゃ商売は出来んけど、もしパッとできたなら、やってみたかった。(キャンプ場に来てくれた)お客さんにはきっと喜んでもらえると思うんです。」

最後に

ABUキャンプフィールドと遠岳キャンプ場は、金子さんのようにかけがえのない暮らしを営む人々を紹介し、“阿武町にあるもの”の素晴らしさを伝えていける場所なのだと改めて実感しました。

阿武町のキャンプ場に来ることで、ここでの暮らしを垣間見れ、そのことが皆さんの”ちょっとした贅沢”になれるような場を提供できるよう、努めていきたいと思っています。

また、初夏~秋にかけて、道の駅阿武町で新鮮なケンサキイカやトビウオを買うことが出来ますし、ケンサキイカを釣りに行ける遊漁船(奈古漁協 08388-2-2311)も阿武町にはあります。記事に倣ってご自身で釣った獲物でスルメとあご節づくりにぜひチャレンジしてみてください!

そして残念ながら、皆さんには金子さんが作ったスルメとあご節をご提供することが出来ませんが、今回で教わった作り方は、キャンプ場に訪れた方が実際に作って食べることが出来る体験プログラムとしての運用も考えていますのでお楽しみに!

edit&text:ABUキャンプフィールド兼、遠岳キャンプ場スタッフ あさいなす(浅井一輝)

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