阿武町ではビール瓶でスルメを作る??

ABUキャンプフィールドのテーマのひとつが、阿武町の森・里・海で育まれた暮らしに触れて頂くことです。第4回目のコラムは阿武のごはんをめぐります。今回は、私も住む”海”に面した漁師町の宇田に暮らす干物名人の金子弘美さんに、無類のスルメ好きである私が"スルメ"と"あご節"の作り方を教わりました。

宇田に暮らす金子さんは、干物つくりの名人です。

数年前まで金子さんが道の駅阿武町に出品していた伝統的な製法で作る”スルメ”と”あご節”は絶品だと地域でも評判でした。

阿武町で作られる”スルメ”は、ケンサキイカで作られます。起伏に富む地形と対馬気流の影響により、豊富な水産資源をもつ阿武町の海では、初夏から秋にかけてケンサキイカが多く水揚げされます。噂によると、どうやら金子さんはそのイカをビール瓶で叩いたり脚で踏みつけたりしてスルメを作っていたらしいのです。また、”あご節”とは、トビウオの鰹節のようなもの。ここ山口県阿武町でも、トビウオの水揚げが始まる初夏は、脂が少なく、脂による酸化臭が出にくいので加工に向いています。そして、金子さんが作る”あご節”の製法には”とてつもない手間”がかかるらしいのです。

「それは気になる!何としても見たい!」と、7月上旬に真相を確かめに”スルメ”と”あご節”の作り方を教わりに金子さん宅へ伺いました。

「あご節も、スルメの作り方もおしえたるから、ちゃんと見ときんしゃい」

海沿いの金子さん宅のすぐ傍に建つ小屋に向かいました。小屋に一歩踏み込んだ瞬間、鼻に飛び込んできたのは香ばしい焼き魚のにおい。工場を見まわして、大きなセイロに並べられたあご節に気がつきました。「ほら! 食べてみんしゃい」と、挨拶もそこそこにあご節を割ったのは金子さん。パキッと割られたかけらを口に運んで驚きました。すっきりとした旨みは、私の知っている市販のあご節とはまったく別物! サクサクとした食感はスナック菓子のようで、噛むほどに旨みが溢れてきます。これだけでグイグイお酒が飲めそうです。しかも、味見させてもらったあご節は2年前に作ったものだとか。これにもまたびっくり。長期保存した乾物は、脂焼けして酸化した脂のにおいがするものですが、いただいたあご節はまるで作りたてのように爽やか。この秘密は、脂の少ない初夏のトビウオを使うことにあるそうです。

「うまいうまい」と騒ぐ私に、にやりと”したり顔”の金子さん。

「あご節も、スルメの作り方もおしえたるから、ちゃんと見ときんしゃい」とおっしゃった。

「みんな夜中に起きるのが、とても大変だった」

”あご節”の作り方はこうです。

まずは、トビウオのウロコと頭と内臓と血合いをとります。”あご節”にすっきりとしたうまみを持たせるコツは、血合いをしっかりと取ることだそうです。ここで手を抜くと、後に生臭さの原因となってしまいます。丁寧に下ごしらえしたトビウオを遠火でじんわりと焼いていき、ある程度焼きあがったら、菜箸を使って”腹開き”(※魚の背の皮がつながった状態で腹側から切り開くこと)にします。それから木枠と金網でできたセイロに一段ずつトビウオを並べて乗せ、8段重ねます。そして、下から一定の炭火の熱で焼き上げながら3,4時間ごとに、すべての段に均等に熱が入るよう、上下を入れ替える作業をするのだそうです。

その作業をチームを組み、3日3晩交代で火加減を見極めながら繰り返すとのことです。

「3日3晩ということは、72時間!?」と美味しさにも驚いたが、気が遠くなるような作業時間にも驚きました。

「昔は3、4人の交代制で回していたが、みんな夜中に起きるのがとても大変だった」と金子さんは言います。

成形のためのビール瓶

一方で、スルメの作り方は、至ってシンプルです。

墨袋を破らないように注意しながら胴を開き、内臓と目を取り出します

海水と同じ濃度の塩水でよく洗ったら、上部を洗濯ばさみに挟み、形が綺麗に揃うように串を横から刺して身を広げます。

天気のいい日に風通しがいい場所で3日間スルメを干した後、成形のためにビール瓶を転がしてピザ生地のように軽く伸ばします。そうすることでスルメの身の厚さが均等になり、形が整うのだそうです。なかには、スルメに布をかぶせて上から踏みつけて成形していた人もいるらしいのですが、金子さんはビール瓶派とのこと。噂に聞いていた”ビール瓶で叩いて作る”は間違いでしたが、”足で踏みつけて作る”のは本当でした。

後日、完成したスルメを炙って食べてみたら、程よく柔らかくて、ケンサキイカ特有の甘みが生食よりも強く、とても美味かったです。スルメの美味しさに夢中になり、気づいた時には2本目のビールを飲み終えていました。

おつかいは、「水揚げされてから半日以内の”あご”と”ケンサキイカ”」

船上で私が釣ったケンサキイカ。釣れたてのイカは内部まで透き通っていてなんとも美しい。

実は、金子さんからは訪問の前に、準備物として「水揚げされてから半日以内の ”あご”と”ケンサキイカ” を用意して欲しい。」とおつかいを頼まれていました。

”スルメ”と”あご節”は、獲れたてのものでないと美味しくできないのだそう。”あご節”は、半日以上たったもので作ろうとするとボロボロになって製品にはならないとのことです。

もし、都市近郊に住む人達がこのおつかいを頼まれたら難易度はS級だと思いますが、海辺に住む私にとっては比較的簡単なおつかいでした。道の駅阿武町に並べば水揚げされて数時間の朝どれの新鮮な魚介類が手に入るし、漁師さんのツテがあれば漁に同行させてもらい、イカとトビウオを釣ればいいのです。釣り好きな私は、金子さんからのおつかいの内容を聞いた後、すぐさま仲のいい近所の漁師さんに連絡し、頼みの品を調達しに沖に船を出してもらいました。

”あご節”の作り方を知るのは宇田では金子さんただ一人だけ

かつての宇田では、6月になるとどの家庭の軒先にもスルメが干され、離れにはあご節を作るセイロが積まれたそうです。この時期には集落全体があご節の焼ける香ばしいにおいに包まれたといいます。

しかし、近年は地域の高齢化と過疎化により作り手がいなくなり、その光景も当たり前のものではなくなりました。

そして、今や、”あご節”の作り方を知るのは宇田では金子さん”ただ一人”となりました。

そんな金子さんもご高齢により、2年前を最後に”スルメ”も”あご節”も商品として作ることが出来なくなってしまいました。

キャンプ場に込める期待

金子さんは最後にこう話してくれました。

「手間をかけたものが、手間をかけた以上に高く売れるようになったら、そりぁあ、ここの地域の人たちにとってはいいことなんだろうけど、高齢化でやり手がいないのが欠点よね。キャンプ場ができたら、魚でも肉でも野菜でも阿武町の奈古・宇田・福賀の3地区の名物をパックで用意して、家族連れの人に買ってもらえるようにしたい。わざわざ荷物を提げて来んでも、軽いバーベキューをしに来てもらえるし、”阿武町にはそういうものがある”と宣伝もできる。今はもう自分じゃ商売は出来んけど、もしパッとできたなら、やってみたかった。(キャンプ場に来てくれた)お客さんにはきっと喜んでもらえると思うんです」

最後に

初夏~秋にかけて、道の駅阿武町で新鮮なケンサキイカやトビウオを買うことが出来ますし、ケンサキイカを釣りに行ける遊漁船(奈古漁協 08388-2-2311)も阿武町にはあります。記事に倣ってご自身で釣った獲物でスルメとあご節づくりにぜひチャレンジしてみてください!

そして残念ながら、皆さんには金子さんが作ったスルメとあご節をご提供することが出来ませんが、今回で教わった作り方は、キャンプ場に訪れた方が実際に作って食べることが出来る体験プログラムとしての運用も考えていますのでお楽しみに!

edit&text:ABUキャンプフィールド兼、遠岳キャンプ場スタッフ 浅井一輝

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